試行錯誤がんばりちゅう。


by heartrock

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b0174330_0452391.jpg土曜日午前中から講義。そして講義終了後、夜出発の日曜夜帰りの強行軍で野辺山へ行ってきました。行きは2時間切り。帰りは渋滞で、5時間コースでした。ETC割引に恨み節です。
帰り際、清里にある「小作」というほうとう屋さんで、角煮ほうとうを食してきました。おいしいです。でもゆっくり食べていると、麺と南瓜がふやけて増殖して、永遠に量が減らない気分に苦しめられます。

さて、今日の主題は、ほうとうとは無関係です。
漫才とか落語の前ふりみたいなもんですね。前ふりに合わせて、写真を載せてブログの記事をにぎやかせてみました。

今日のお話は、障害者を雇用して営業する学食の話です。
朝日新聞に、こんな記事がでていました。
障害者が働く「学食」が開店 群馬県の福祉系大学
素敵な試みだと思います。
障害者といえどもできることが色々とあるはずなのに、まともな仕事の機会を与えられず、障害者向けの作業所で、月間数千円程度の収入しかならない単純作業の仕事をあてがわれているという多くの障害者の方にとっては、大きなチャンスとなるのでしょう。

でも、こうした話題、ニュースを見るたびに思うことがあります。
報道のスタンスが、「世の中のちょっといい話」程度の表面的な紹介でしかないなーと。

なぜ、作業所での仕事では、1ヶ月で数千円程度の収入しか得られないのに、機会を与えられるだけで、まるで健常者と同様、もしくは若干欠ける程度の収入を得られるだけの労働をできるようになるのだろうかと。
そこが一番重要なノウハウであり、他の障害者や、障害者活用を考える企業や団体にとってのヒントになるはずの情報なのに、ニュースは、障害者が一般的な仕事につく機会を与えられたという話題だけを取り上げて、その中身を伝えてくれない。
労働に対する対価を得ることって、結構シビアなもので、基本的には、生産したモノ、生み出した付加的なサービスを、赤の他人である消費者が、貨幣換算できる価値を認めて、対価としてのお金を支払うということでしかないのだと思います。

生産性やサービスでの気配りにおいて、どうしても健常者よりも、若干は劣ってしまうことが多いであろう障害者。
でもその度合いが、「若干」程度のことなのであれば、就業の機会さえあれば、それこそ「若干」報酬が低くなるだけで、いろいろな仕事を得られるはず。
しかし、現実には、ほとんどの障害者が、まともな就業の機会さえ与えられません。
とすれば、健常者の生産力との差はもともと、かなり大きいことが多いということ?
それとも、作業所が本来できるレベルの仕事を確保することができていないということ?
なぜ、この学食の業務は、商業的に成立するのか?
同じように、なぜ「スワンベーカリー」は商業的に成立しているのか?
その答えも報道して欲しいのです。

「障害者が、こんな素敵な仕事の機会を与えられて、社会で生き抜くチャンスを与えられました!利用する消費者も暖かく見守ってます。素敵な世の中ですね」
そんな報道じゃ、素敵な世の中はやってこないと思うのねー。
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by heartrock | 2009-06-02 01:19 | 雑談